白井明大さんの新詩集(5冊目になる)、『生きようと生きるほうへ』を、なんどとなくよみ返している。
じつは、去る7月25日に、神保町でひらかれた出版記念の会に出向いてきた。
できたばかりのまあたらしい本を、ひと足さきに、会場で売っていただいたのである。
こぢんまりとした集まりではあったけれども、和ろうそくに灯をともして、冷房もない木造の「平安工房」さんのショウルーム(だと思うけど……)のなかで、白井さんが詩を朗読し、あいまにそこに込められた思いを語る、かけがえのない時間だった。
東日本大震災後に書かれたという、この本に収められた詩のかずかずには、そのあとにも相次いで発生した不幸なできごとが、抜きがたく翳を落としている。
たぶん、あの日を境に激変した日本社会への、控えめにみえてじつは痛烈な批判を、ゆっくりと噛みくだくように、花の名前を調べ親しんでいく生活や、家族へのいままで以上に繊細なまなざしを通じて綴られていく。
生きることのかけがえなさ、それは白井さんが従前から大切にしてきたことなのだけれど、なのにひとつひとつの命が、あっけなく軽んじられてしまうできごとをまのあたりにして、おおくの人がそうであったように、かれも衝撃を受け、深く傷つけられたのだろう。しばらくなにも書けなかったと、けれど書かなければ終わりだと、当日話していたようにおぼえている。
詩集の後半におさめられている「生きる」という作品があるのだが、この詩の冒頭で
なぜ逃げた と言われたことが何度かある
と詩人は告白する。東京からかれの母上の故郷である沖縄へ、幼い子のことを思った奥様に行きたいと言われて即断したことも書かれている。「なぜ逃げた」以下については、とおくにいながら、いつも親しくしてもらっているわたしもまったく知らなかったことで、少なからぬおどろきを感じたのだったが、この長い詩を通して、上に記した「生きることのかけがえなさ」が切々と、ある種捨て身といってもいいほどの真剣さで語られているといっていいかと思う。
短絡的な発想で移住したのではないことは、よめばわかってもらえるだろう。そののちも葛藤がつづいたことで、かれも苦しんでいたことが明らかにされる。
震災後のあれこれで露呈した、じぶんだけは責任を免れたいという保身だけで行動する醜い人たちの詭弁とは、正反対の生身の言葉がそこにある。
好き嫌いはあるだろうけれども、いまという時代を、素のままで言葉だけをたよりに、誰もがよりよく生きることをねがう詩人の、控えめな声明であろうと感じる。
これは、ないがしろにできない詩集である。