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2022/10/16

グループ展に参加して また絵が描きたくなったはなし

10月9日、仙台アーティストランプレイスSpace-Bにて開かれておりました
美術展「アンポンタンズ村 平和の祭典」ぶじ終了しました。

このグループ展に、おしゃまははじめて参加させていただきました。

初日にとるものもとりあえず行ったところ、
とてもたのしくなる空間になっていました。


写真に写っている、なにが描いてあるのかわからない白い額が、おしゃまの作品です。

むろん色がうすいだけで、なにも描いていないわけではありません。

今回も水彩色鉛筆です。デッサンはボールペン。

制作過程はさきほどnoteにアップしましたので、こちらではそれに付帯しておしゃまが思ったことを。



おしゃまが絵に手を染めたのは、30代の後半だったかな。

詩だけは18歳のときから書いているのですが、最近スローペースなうえに低調。

表現としての写真は完全に停滞。

そんないま、また描くことがたのしくなってきました。


前にも書いた気がしますが、詩とは正反対の作風です。

暗くて円滑なコミュニケーションをとるのがにがてで、
実生活では精彩を欠いてぼんやり生きているおしゃまにとっては
唯一じぶんの宿命から解放される、のびのびできる表現手段なのです。

もっとも、わたくしは美術の基礎はほとんど学んだことがありません。
覚えているのは、中学での「美術史」の授業くらい。
それも学年主任の顔と(いまはもうおじいちゃん?)、退屈な気分だけです。

高校では音楽を選択したのですが、失敗でした。
もっとも美術をえらんでいたとしても、暗黒時代だったので
すきになったかは、微妙。

しかしわたし以外の参加者のみなさま、どの作品も力作であり佳作でした。

ささっと描きおえてよしとしてしまったおしゃまは、少したじろいだのですが
それでもみなさまには概ねあたたかく受け止めていただいたようでした。

直接感想を伝えてくだすった方々には、とても感謝しております。

詩だとほとんどそういうことってないのですよ、
無視無関心無反応があたりまえ。
もっとも最近のわたしの詩は、私小説みたいな内向きな傾向がさらに強いので
そのへんは諦めていました。
ただ、そこから脱却しようと考えながら、書いてはいます。

詩も自由に思ったことを書ける手段ではありますが、
あまりにもおばかなことは、おしゃまの場合書けません。

絵だと思ったように、思いつきで描いたものたちが動き出す。
とくに平日うつうつとしているわたしのような、精彩を欠くうらなりの人物が
解放感を得ることができる。

うーーーーーーーーーん
伝わりにくいかしら…

そのへんインスタでご覧いただけましたら
たぶんどういうことかおわかりになるかなと思うので
登録されている方はどうぞ。






2021/12/19

布田直志写真展「いつもと違う日々 2回目接種」をみてきたり

みなさま、お寒うございますね。
先日スーパーでさっぽろ純連の醤油味(生ラーメンですね)をみつけて買いましたおしゃまです。
仙台にあるのでたまに食べに行くのです。あんまりほかのラーメン屋には入らないんですけどね。油そばは別にして。

きょうは夕方にギャラリーチフリグリへ。
写真展ときいて、来週末までとはきいたものの早く見たくて。

今回は写真集「いつもと違う日々」出版記念の写真展なのでしょう。
2回目接種とはなんぞや、と思ってましたがどうやらこのテーマで2回目らしい、でもうっかりしてて聞きそびれました。

テーマはころな渦中の家族の肖像、なのだと思います。
県内の、おそらく友人知人に取材して撮影した写真を中心にして編まれた写真集で、収録しなかった写真をおおく展示されたとのことでした。

来年で仙台に越してきて8年になるおしゃまですが、改めて市内でも知らない場所がおおくあるなと展示をみて思ったのですが、ここはわたしも撮りましたという場所が一枚あったのでそこを糸口に、同じ年の生まれである布田さんとずいぶんと話しがはずみました。

布田さんはお名前だけ20年ほどまえから偶然知っていましたが、お会いしたのはきょうがはじめてでした。

その経緯は個人的な話しもあるので、またいずれ。

さてさて。

かえってきてから思ったのですが、わたしは人を撮るのは不得手であり、まちあるき写真ばかり撮っていますが、それすらもむろん途上であると感じます。

古びた街、朽ちたもの、消えゆくものに対して撮りたいと思う気持ちが強く働くのですが…
来年はそこを突き詰めていきたいなと。

ただ漫然と写真を撮るだけでなく、その被写体にわたし自身のまなざしが映って(写って)いるような写真が撮りたいと思うのです。

**

さてさてさて。

このblogではおなじみ、またカメラ買いました報告です。
ことし最後の買い物はこちら。


あれ? 10月にOM-4買わんかった?
はい、こんどはOM-4tiブラックです。
OM-4前期型と、出番が少なくなった子たちを何台か下取りしてもらって、それに数千円足してお迎えしました。
前日にカメラ送別会をして前途の明るからんことを願って。


この表面処理がチタンボディの証、なのかな?
きっかけは前期型の電池の消耗が評判通り早く、少なくとも後期型、あればtiと思っていた折にお店に行ったら、なんとこの子が!
Googleでネットショップの相場をざっとみたら軒並み強気なお値段、それに比べればたいへん納得のいく価格でした。
もっともそれでも現金で全額は用意できない。。よって下取り作戦に出たわけですが、束になってかかっていったら予想以上の額になったというわけです。
きみたちのおかげです、いままで有難う。

手許に残ったカメラは、このtiとコンタックスT、139Q+テッサー、そしてXAです。
それとデジのペンタックスQね。

ことし買っておきながら早々に手放したものもあり、罪悪感もありますが…

なーんだまた結局一眼レフに回帰したじゃないか、はい!そうですね。
ことしこれといった成果は出せませんでしたが、来年はどうなるでしょ。

2021/12/01

雪野原に迷い込むと。さくまいずみ個展「雪のほら」

きょうから12月。もう年末目前ですが、みなさま如何おすごしですか。
仙台は日中強風が吹いていたものの、気温は高くて暑く感じられました。だってもう冬装備で生活してますもの。

でっ
こんどはなんですか? ズミクロン? いやオミクロン? 困ったなあ。

せっかく感染者少なくなって一息ついてたのに…
秋以降アート関係音楽関係も盛況なのですよ。

そんな世のなかに水を差すような、でもいつかは来ると思ってたけどさ。

みなさまもお気をつけて。

さて。

きょうタナラン…ギャラリーターンアラウンドでスタートしました、造形作家さくまいずみさんの個展「雪のほら」みてまいりました。


マジックアワーも過ぎて昏くなったころにおじゃましたのですけれど、
ギャラリーの内部がまるごと、雪野原を凝縮したようでした。
音楽も効果音も一切なく、一種荘厳ですらある雰囲気。
まさに雪原のそれでした。
点在する作品群のなかをとぼとぼと、まるで雪野っぱらをあるくような足どりになったのはほんとうです。(仕事帰りで疲れてたとも

天井を見上げて(配管がなあ…)と一瞬思ったものの、よく見ると壁から天井まで真っ白な空間、このスペースに着目してこの個展を企画されたのでしょうか。
天井から吊り下げられた大きな枯枝、枯れ枝にたしか紙と糊などでかたちづくった大きな枯葉、その裏には雪が付着している…そしてDMにも使われている、かまくらをかたどったオブジェのなかや、作品のあちこちに隠れているちいさなひとたち…
これはなにをイメージした作品だろうと、自由に想像する楽しみがみる側にはたくさん与えられていて、また光りをとりいれた作品も多くみられ、灯のうちに展開する雪国の生活のあたたかみまでも表現しているのが、じつに印象的でした。
昼間みるとまた違ってみえるそうなので、会期中こんどは昼間に行けたらと思うのでした。

**

さてさて。
しばらく言語中枢が凝り固まっていて、停滞気味だったおしゃまさんの詩作ですが
けさ急に動きだしました。
悪天候で電車通勤だったのですが、いったんペンが走りだすと、万国旗さながら言葉が浮かんで、
20行ほども書けてしまいました。
もちろんまだまだ推敲しなくてはならないので、年内あるいは正月にかけて
じっくり書きつづけることにいたしましょう。

2021/11/18

いろんな感情があふれてる。ペロンミ個展「ペロローグ」


気もちに余裕があるようでなかった日の仕事帰りに、大手町のギャラリー ターンアラウンドに立ち寄り、ペロンミ個展「ペロローグ」みてまいりました。

サイトをみても、DMをみても、どんな人なのか霧のなかでしたので、正直あまり期待してなかったのですけれども(ツイッタ嫌いのおしゃまでもありますし)、展示室に入るなり、圧倒的なパワーというか描くことへの意欲、熱意、そして自由闊達な意識のながれを一瞬で感じて、惹きこまれてしまいました。

画材はボールペン? パステル、絵具などかな。それらで描かれる線の集合の濃密なこと。
一見走り書きみたいにも思えるものの、それがたぶん描きたい一心で、直情的に描かれたような印象を受けまして、それはどうしても線を引くとき考えすぎてしまうおしゃまとは正反対のようです。

描かれている女子たち、複数形で言ったけど…かの女らが天使なのか、作者の分身(?)なのかアニマなのか、そのへん作者は現れないそうだしわたしにはまったく不明ではあるものの、ともかく喜怒哀楽(怒はなかったかなあ…)と要約すると平凡にすぎるくらい、恋愛あり笑いあり、哀愁も漂わせていたりする。
風に吹かれたり海岸か河原でたたずんでいたり、歩道橋にのぼりもすれば(あの歩道橋は知ってます、すごく遠くまで見通せる高さを感じます)ぼんおどり風にうたったりもしていて、表情も多彩で、表現の巾が広いのです。

たぶん…推測でしか言えないですが…とても豊かな感情を、ポジもネガもだいじにしている人の絵なのだろうと思います。技巧よりももっと大切にしなければならない「あるもの」をシャワーのようにあびて、みに来て良かったと思い帰途についたのでした。
11月21日まで。



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