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2022/05/25

久々になつかしい小説に接する

このところだいぶ辛口な内容が多かった気がいたします。

すこし落ち着いてみようと思います、おしゃまです。

先週くらいから、就寝前横になってから、ほんとひさびさに小説をよんでいます。

1990年発行、矢作俊彦『スズキさんの休息と遍歴 または かくも誇らかなるドーシーボーの騎行』という長いタイトルですが、この初版本には連載当時(少年だったおしゃまがたまに買っていた、もう消えてしまった毛色の変わった自動車の雑誌でした)とほぼ遜色なく、カラーだったのがモノクロになっただけですが、本文のあいまあいまに著者自身による個性のつよいイラストや手書きの描き文字(明朝体ではない)などが散りばめられています。かつて学生運動に身を投じた経験がいまも色濃くにじみ出ている主人公スズキさんをはじめ、東京からシトロエン2CV(ドゥシーボー)に一人息子のケンタを乗せて北へ向かう道中に現れる怪人物たちもまたアクがつよくて声が大きくて、章ごとのストーリーとかれらの科白どれもユーモアというかカリカチュアに富んだもの。それだけに→寄りのガチガチの人たちからは総スカンかも知れないですが、おしゃまはときどき笑いながらよんでおります。

ちなみに文庫版ではイラスト等ほぼオミットされてしまっていて、どうにも面白みに欠けます。

同じ雑誌に続いて連載された、これも同じく矢作俊彦による『あ・じゃ・ぱん』も名作でしたね。若い頃図書館でよんだきりですが、またよんでみたいです。


この本のあとにも、何冊も衝動買いして順番待ちをしている古書があります。
一時期のようにかけ持ちでななめよみするほどの時間もエネルギーも無鉄砲さもない現在ですが、それゆえにみえてくるものもあると思います。




2022/02/14

美術と現代詩、おしゃまのなかでなにが違う?

みなさま、つつがなくおすごしでしたら幸いです。
まだおしゃまは元気です。

友人にメールしたら返信で「ニコンの旧い双眼鏡でミクロンというのに関心がある」と書かれてありました。
かれはわたしとは違い、カメラは長年オリンパスXA一筋?という人ですが
ボレックスの16mmムービーカメラを持っていたり、過去には映写技師をしていたほどの人物。
やはり、田中長徳氏のいうところの「さまよえるレンズ人」の血がながれているのでしょうか。
画像をみてみるとなるほど欲しい人には欲しくなりそうな、キケンな物品のようですね、笑

アンチ日本光学のおしゃまは心動きませんでしたが、動かされてしまう人の気持はわかります。

過去に雑誌で赤瀬川原平さんが、カールツァイスイエナの単眼鏡の話とかしてましたから。
わたしはまだ若造の時代でしたが。

きのう、なんとなく腐っていた折
春日町のマゼランに寄ったら、この本と目があってしまいました。


「視線はいつもB級センス」谷川晃一著、現代企画室刊 
初版は1981年と古いです。おしゃまは小学生になったばかりか。
宮迫千鶴さんのパートナーであられた(宮迫さんは先にお亡くなりになりました)谷川さん、とてもポップでユニークな方だときいてはいましたが、文章も明快で、よみはじめて快哉を叫びたくなるほどでした。

思えば高校時代に「ジェンダー」という言葉を初めて知ったのも宮迫さんの本で、
戦後ないしは近代日本の家族や男女をとりまく呪縛を脱構築しようとする姿勢にしびれましたね。
表紙カバーなどにご本人による絵がしばしば使われていましたが、思えばそれがわたしが初めて接した現代美術、ないしはポップアートであったのです。

いまときどきおしゃまも絵を描くようになって、下手はへたなりに理屈というか理論武装というか、ああでもないこうでもないと脳内でぐつぐつ蒸し返すことがあるのですがね。
またギャラリーをわたりあるいて、ときに作家さんと話しをすることも多くなりまして、段々考えが固まってきたのですが…
多少思想的に未分化でも、技術的に未熟でも、作品制作にあたってはべつに障壁にはならない。
その人の内的な衝動、表現欲求が強ければそのほうが重要なのではないか

もちろん、おなじことを現代詩の実作にあたって援用することはできません。
むろん詩もひとりひとりすべて方法論は異なるから、あくまでおしゃま的な立場で言っているだけですが。

おしゃまの詩を知っている人が、最近の同じ作者の手になる絵をみて
世界観の違いといいますか、作風がまるで違うことを指摘してくださったことがありました。
詩は内向的な色あいが漂いますが、絵を描くとなるとなんだか楽しくなってしまって、ついついあそびたくなり悪のりしてしまう。明るい雰囲気になる。
わたしの絵の師匠的な人が(向こうはそんなつもり無いと思うけど)そう仕向けてきたのがおもな要因だったりしますが、その人が言外に言わんとすること、わたしに伝えたかったことを、さきほど上に太字で強調した部分ですが、おしゃまなりに言語化したにすぎません。

おしゃまさんの絵の変遷は、noteの「おしゃまの絵」マガジンをご参照いただければ明瞭かと思います。

今晩も谷川さんの本をよみつつねることにします。

2018/09/11

冬の詩を、いまから書いていたり

こちらでは、ずいぶんとご無沙汰してます。

めちゃくちゃ暑かった夏も、仙台で37度の日をピークに
あとは涼しくなるばっかじゃない? と思ってからは
暑熱馴化、っていうらしいですが、例年よりかは
からだが慣れてしまって楽でした。

汗だらだらかいて、やっとの思いで
のそのそ歩いていた去年とか嘘のよう……

秋雨先取りみたいに9月を迎えて、もう中旬。
ようやく秋らしくなったなと思いませんか。



さて。
そんなさなかに、おしゃまは冬の詩を書いてました。

三篇できたら、百葉の……つぎは14号でしたね、、、に
掲載予定です。
そう、12月ごろには発行したいです。
といいますか、そのつもりで書いております。

ことしも二冊発行できそうな。
いつからかペースが上がってきました。
年一冊のときは、だいぶ低調な作品も多かったように思います。

2016年秋からつかってきた、いまの詩のノート、
当然ながらいつも鞄に入れてもちあるいているものですが
もうすぐいっぱいになる勢いです。
もうまっさらなあたらしいノートも鞄に入れてあります。
おなじノートを二冊買っておいて、良かったです。
(表紙はドット柄です)
もう同じものはメーカーにもないようですので。



福間健二さんの詩集『会いたい人』(思潮社)を
しばらくもちあるいてよんでいましたら、
〈意味はわからなくても、リズムをもらった!〉
という一行があるのに行き当たり、
(もうなんどもよみ返していたのに、、、汗)
福間さんの詩の「見えないリズム」にはじめて気づきました。

見えないリズム、とは
田村隆一の詩にあったフレーズだと記憶していますが。
弱小詩人のおしゃまだって、田村さんの詩にしびれていた頃もあったんですよ!

ちと話しがそれましたが、意味はわからなくても……という詩行に
福間さんの詩をよみとくヒントがあるように思われたのです。

意味もわからなければ「見えないリズム」すらない
「難解な「現代詩」を嫌気しながらも接近を試みていたころから
思えばもうふた昔ほども経過してしまいました。

いろんな詩、いろんな詩人がいるのだから
そんな十把ひとからげにしなくてもよかったのに、と
いまにして思うおしゃまだったりします。







2017/02/18

ちかごろ


おしゃまが出展していた、カロス・ギャラリーでのグループ写真展は、無事に終了しました。
見に来ていただいた方には、感謝の気持ちで一杯です。

ちかごろのわたくしですが、半年ほど先に計画していることのために、もう準備をしています。
詩作も、あいもかわらずのスローペースですが、ちょこちょこと書いております。

昨年、AdobeのInDesign CS2という、DTPソフトをつかいはじめたのですが、
なんとか「百葉」程度のシンプルなものであれば、つくれるようにはなってきました。
ただ、外注でデータ入稿するとなると、まだ問題があり、今後は自室のプリンタで印刷することが
主体となってくるかも知れません。

いま、編集しているのは、百葉の特別号です。
まだ、なんの目的で制作しているのかは、言わないでおきますが、
いずれお目にかけることもあるでしょう。
それも、もうできあがり間近の段階にあります。
おしゃまは、案外深慮遠謀(?)なのです。
5分前、10分前、15分前行動主義者でもあります。
ぎりぎりになってじたばたするのが厭な性格なのです。

それは、ともかく。

先日、岩阪恵子さんの散文詩集『その路地をぬけて』(思潮社)をよみました。
岩阪さんの略歴に、20代のとき(学生の時であったか?)詩集を上梓したことが書かれています。
たしか、詩の添削を依頼したのが、清岡さんとのなれそめだったようにも記憶しています。
ずっと小説などを手がけられていたようですので、ひさびさの詩集ということになりますね。

そんなことを考えながら頁を進めていくうち、「目玉クリップ」という作品がありました。
生前の詩人清岡卓行が、夫人になんども買ってくるように頼んでいたという、あのクリップのことが書かれているのですが、清岡さんを敬愛してやまないわたくしには、思わずじんとこみあげてくるものがありました。

装丁は、やはりというべきか、清岡秀哉さん。
お母さんの本の装丁まで手がけることになったわけですね。
いつもながら、清潔で品のある装丁です。

ひとりの人が、この世を去っていっても、あとに残された人たちがその後の生を彩っていくのは、
やはりいいものです。

わたくしが死んだあとを彩ってくれるようなひとは、いるのでしょうか。
そんなことにも思いをめぐらす昨今です。



2016/05/20

自在であること、自由であること

2ヶ月も放置してしまいましたが、おしゃまは元気です。

このあいだに、朗読会のあと、半年もねちねちと直しを入れていた詩が一篇、できました。
なんという牛の歩みでしょう。

今月末に、ちょっと詩の会で、とおくの友人に会ってきますので、
なにもできてないというわけには、いかない。
まあ、4月下旬あたりには、ほぼ根幹は書きあげていたのですけれども。

* * * * *

しばらく前に、火星の庭で買った詩集、
秋亜綺羅『透明海岸から鳥の島まで』を、おくればせながらよんで、
詩の自由ということを考えていました。

詩はこんなにも自由に、
発想も表現も、自在であっていいのだよなと。

すこしでも詩をよみ慣れているひとなら、
心得ていることでしょうか。
しかし、わたくし、おしゃまにかんして言うと、
どれだけじぶんで狭い枠を、みずからの周囲に立ててしまっているかと、
そんな反省が浮かんでくるのです。

世のなかの、詩をよむのも、書くのにも慣れていない、
学校で習ったようなものしか思い浮かばないひとたちにとっては、
この自在さは、ひょっとすると、
意外性に富んでいて、拒否反応が出るかも知れないなとも、
感じるほどですが、
本来、現代の詩はこういう自由さと、奔放というかのびやかな感覚をもっていいのだと、
わたしは思うのです。

過去に書いたことだと思うので、くりかえしませんが、
型にはまった書法と発想法では、
けっして前には進めない。
このベテランでありながら、おなじ位置に立っていることをよしとしない
真の詩人らしさを身をもって体現している秋さんのようなひとがいることを、
わたしも含めて、識るべきだと思うし、
こういう詩がよめた幸せ、みたいなものも
より深く反芻することがだいじだと思った次第です。




2015/08/12

白井明大『生きようと生きるほうへ』

 白井明大さんの新詩集(5冊目になる)、『生きようと生きるほうへ』を、なんどとなくよみ返している。

 じつは、去る7月25日に、神保町でひらかれた出版記念の会に出向いてきた。
できたばかりのまあたらしい本を、ひと足さきに、会場で売っていただいたのである。

 こぢんまりとした集まりではあったけれども、和ろうそくに灯をともして、冷房もない木造の「平安工房」さんのショウルーム(だと思うけど……)のなかで、白井さんが詩を朗読し、あいまにそこに込められた思いを語る、かけがえのない時間だった。

 東日本大震災後に書かれたという、この本に収められた詩のかずかずには、そのあとにも相次いで発生した不幸なできごとが、抜きがたく翳を落としている。
 たぶん、あの日を境に激変した日本社会への、控えめにみえてじつは痛烈な批判を、ゆっくりと噛みくだくように、花の名前を調べ親しんでいく生活や、家族へのいままで以上に繊細なまなざしを通じて綴られていく。
 生きることのかけがえなさ、それは白井さんが従前から大切にしてきたことなのだけれど、なのにひとつひとつの命が、あっけなく軽んじられてしまうできごとをまのあたりにして、おおくの人がそうであったように、かれも衝撃を受け、深く傷つけられたのだろう。しばらくなにも書けなかったと、けれど書かなければ終わりだと、当日話していたようにおぼえている。
 
 詩集の後半におさめられている「生きる」という作品があるのだが、この詩の冒頭で
 
  なぜ逃げた と言われたことが何度かある

と詩人は告白する。東京からかれの母上の故郷である沖縄へ、幼い子のことを思った奥様に行きたいと言われて即断したことも書かれている。「なぜ逃げた」以下については、とおくにいながら、いつも親しくしてもらっているわたしもまったく知らなかったことで、少なからぬおどろきを感じたのだったが、この長い詩を通して、上に記した「生きることのかけがえなさ」が切々と、ある種捨て身といってもいいほどの真剣さで語られているといっていいかと思う。
 短絡的な発想で移住したのではないことは、よめばわかってもらえるだろう。そののちも葛藤がつづいたことで、かれも苦しんでいたことが明らかにされる。
 震災後のあれこれで露呈した、じぶんだけは責任を免れたいという保身だけで行動する醜い人たちの詭弁とは、正反対の生身の言葉がそこにある。
 好き嫌いはあるだろうけれども、いまという時代を、素のままで言葉だけをたよりに、誰もがよりよく生きることをねがう詩人の、控えめな声明であろうと感じる。
 これは、ないがしろにできない詩集である。

2015/07/20

絵の勉強、そして11月のこと


 まもなく梅雨が明けるのではと思われるほどに暑い三連休の中日に、わたしは街の古本屋へ行ってきた。
 といっても、昔ながらの古本屋は、仙台ではかぞえるほどにすくなくなってしまった。おしゃまが中学生のころには、東北大の片平キャンパスに通じる一番町一丁目附近に、ちょっとした古本屋街があったのだが、いま、そこで盛業中なのは二軒だけになってしまった。
 泉区にあった古本10万冊の店も、愛子にあった20万冊の店もとうに閉店して、太白区は鈎取にある店が、在庫量では市内最大だろうか。
 わたしが、この本(上の画像)をみつけてきたのは、広瀬川もほど近い西公園ちかくの古本屋である。
 この暑いのに、扇風機と除湿器しか回っていない店内をうろうろしていて、そういえば、おしゃまの絵の最初はペン画だったな、と思い出したのだった。
 じぶんで撮影した、4切のモノクロ写真をみながら、製図用のピグマというサインペンをときには3種使い分けて、みる人にはかならず、細かいですね、といわれるような(じっさいは、適当な細かさなのだけれど……)絵を2~3枚描いてから、水彩色鉛筆を手にしたわけなのだが。
 じつはもう半年くらいまえから、その色鉛筆画が描けなくなってしまった。なんだか、適当にデッサンをして、そこに適当に色をのせるだけのようなやり方に、疑問をもってしまったのだ。
 一から出直さないと、もうなにも描けなくなるんじゃなかろうかという気もちがどこかにあったのだろう。
 まだ、きのうからよみはじめたばかりである。

 11月に、朗読会をひらくことは、冬のうちから決めていた。
 それに向けて、百葉の10号に載せる詩も、書いていかなくてはならない。
 まだ、例によってのろのろな感じである、けれども。

 言い出したのはわたしなのだけれども、一緒にやってくださることになった、仙台の詩人、武田こうじさんに、じつはとても背中を押されていて、人見知りなおしゃまとしては、かなり勇気の要る計画になった。でも、20年ちかくもまえから活動されていて、経験も豊富な武田さんに、わたしにとっては過分とも思えるほどの好意的な言葉をかけていただいたのだから、期待に応えないわけにはいかない。

 日にちは、もう決まっている。11月28日の土曜日、純喫茶・星港夜にて開催です。


2015/03/17

最果タヒの「あとがき」

 最果タヒ『空が分裂する』(講談社)をよんだ。

 漫画家とのコラボによる、イラスト入りの詩の章は、なんだか集中できなくて、まだ深くよみ、掘り下げるに至っていないのが、われながらなさけない、けれども。

 この本の、二段組み四ページにもおよぶ、長いあとがきが、たいへん力と熱意にあふれた、いい文章なのである。正直なところ、書店に並んでいた第一詩集『グッドモーニング』をさきによんだほうが良かったかも知れないが、このあとがきに背中を押されて、こちらを手にとったのである。
 はなしが前後するけれど、最初によんだのは、『死んでしまう系のぼくらに』(リトルモア)。三冊目の詩集になるだろうか、この著者の鋭敏で、既視感のない感覚と、それによって紡がれた詩のかずかずを、のめり込むようにしてよみおえた。たしかな手ごたえがあった。

 で、その長いあとがきのはなしに戻るけれども。
 なんで詩作品に沿って書かないのか、と言われると、すみません、とあたまを下げるしかない。
 首を垂れて、語っていきたい。

 
  
 (……)私は、感情がなんでもすばらしいなんて言わないけど、感情が美しく見えるのは「だれにもわからない」時だと思う。感情はただの乱れでしかないけど、その人のそのときにしか生じなかった乱れは、さざなみみたいにきれいだ。

 
 このところ、環境の変化に馴染んでいけず、しばしば怒りやかなしみ、絶望感にとらわれがちだったわたし(おしゃま)にとって、「あとがき」のこの部分は身に沁みた。こんなに明快に、誰にも理解されない感情を、「乱れ」ている感情というものの一回性こそが美しいと言いきれるなんて。
 詩人のことばだと思う。たぶん、こんな文章を日本語によってあらわしたのは、最果さんがはじめてだろう。
 
 ふたたび抜粋して引用。

 誰にもわからない、わかってもらえない感情が、人の存在に唯一の意味をもたらしている。そして、だからこそ感情の結晶である作品が「わからない」と言われることは、ある種当然のことだった。

 私はコミュニケーションが苦手で、それは、他人が苦手なのではなくて、「気持ちを伝える」ということのために自分の中にある複雑で曖昧な自分だけの感情を、単純化して、既存の喜怒哀楽といった感情の定型に当てはめて行くことが不気味でたまらないからだった。

 「わかりあうことは、気持ちが悪い。」という、最果さんの独特の思考から生まれた詩を、わたしはけっして忌避したりしないし、むしろ以前にも書いたように、その人にしか書けない言葉であるがゆえに、そこに深いポエジを感じる。
 「複雑で曖昧な自分だけの感情を、単純化」して定型化して「解釈」しようとする、一般社会に於ける外部からの圧力に抗おうとする姿勢。これは、言葉ないしは詩の言語を否定し、解体し、腑分けしようとする、批判的勢力にたいしてきっぱりとNoを突きつける、じつはたいへん重要な詩の批評になりえていると言える。
 りりしく、頼もしい。すばらしい才能があらわれたものである。

2014/01/18

跳躍と連関

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 昨年よんだ詩集は少なかったが、刊行後直ぐに一読して、感銘を受けた一冊について、拙いながらもすこし印象を記しておきたい。

 北川朱実『ラムネの瓶、錆びた炭酸ガスのばくはつ』 思潮社

 北川さんの著書、『死んでなお生きる詩人』(思潮社)をよんだのは、5年くらいまえだったろうか。
 若くして自死したり、事故死、病死、といった非業の死を遂げた詩人たちの評伝、と言ったらいいのか、詩人論としてもすぐれたもので、鬼気迫るほどに真摯で切っ先のするどい筆致に、たじろぐ以前にわたしは惹き込まれそうになった。いま以上に、生きることに疲れきっていた時期だったが、引用されている詩行と、著者の文章にいまもたびたび挟まれている文人たちの挿話あるいはアフォリズム的な言葉、死者を呼び戻さんばかりの北川さんの語り口は鮮烈で、ところどころ諳んじるほどによみかえした。

 で、この詩集について語る前に、前の詩集『電話ボックスに降る雨』をひらいてみたのであるが、同義反復を避けるがごとくに、以前の場所にとどまらない詩人の気魄というか宿命というか、そんな変化を目の当たりにした。

 前詩集では、一篇ごとにある程度の文脈的なつらなりが、各連ごとに多少の跳躍はあるにせよ、細い糸を通したようにみられるのだが、『ラムネの瓶…』では、連と連とのつらなりは、一見、引きちぎられたかのように薄くなっている、ように当初は感じられた。
 各詩篇によって、その度合いはもちろん異なるけれども。
 また、通読してみて印象的なのは、著者が訪れたことがあるのだろうか、旅のイメージがところどころ散りばめられている点だろうか。
 とくに南米の地名がいくつも登場するけれども、そればかりでなく、著者の視線は国内外を問わず、絶えず身近な場所からはるか遠くまで、言葉を支点にして自在に往還できるかのようだ。
 かつて、『死んでなお生きる詩人』に於いて、死者の国からこちら側の世界まで、詩の言葉を索にして、一本の線を引くように橋渡しをした、北川さんらしい。
 それは、わたしたちの詩作のうえでも、模倣は憚られるにせよ、みならうべき態度なのだろう。
 

 飛び飛びになった土地を、自在に跳躍することでつなげていく……
 この詩人には、どんなに離れたイメージでも、連関を見いだす眼力がある。

 眩いほどにあざやかな詩行で編まれた一冊である。
 
 

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