ページ

2020/12/27

寒いので思い出話…オリンパスのフィルムカメラ

みなさま、お変わりなくお元気でしょうか。

おしゃまは明日で仕事納めで、それから1週間も休みになるのです。
このご時勢に加えて、年末年始には大?寒波がくるそうで
写真を撮りにいくどころではないですね…

最近また、なにを撮るべきかなやんでいるわたくしですが
撮りたいという気持ちは、なくなったわけではありません。

正直なところ、生活圏内では撮りたい光景があまりなく
先週ひさしぶりにコンタックスTにフィルム詰めたのですが
まだ一コマも写していません。

びんぼう暮らしで、ケチっている面は否めませんが
やはりそれ以前の問題ですよね。

それでも、古本でフィルムと書いてあるムックを見つけると
買ってしまうのです。
今週は2冊見つけました。
1冊は、1990年代後半!おしゃままだ20代だ…笑

裏表紙の広告は、なんとオリンパスOM2000です。
たしかコシナのOEM機だったと記憶していますが
オリンパスOMマウント一眼レフ最後期のカメラですね。
新品で売ってるのはみたことあります。
まだデジなんて、海のものとも山のものとも知れないというか
発展途上以前ではなかったかな。

OMは、OM-1をちょうどそのころ、
仙台アメ横ビル1階入口付近にあったウンノカメラで買いました。

50㎜f1.8が付いて、たしか18,000円だったはず。

長年にわたり使っていたのですが
2010年すぎて調子がわるくなりました。
シャッター幕が波打ってしまったのです。

その後継として、2015年にコセキでOM-4の安い個体を買いました。
2万えんもしなかったはずですが
高度なマルチスポット測光を使いこなせるまでにはならないうちに
撮影スタイルが変わってきて、また時代的に
街なかで一眼レフ構えるのもどうかなと思いはじめて
数年前にレンズともども手放しました。


いちばんの理由は、ストリートスナップ中心に撮るようになったからですね。
それまでにもコンパクトカメラはいろいろ使っていたのですが
2016年に、ある方から京セラコンタックスT2をみじかい間借りているうちに
一眼レフは荷が重いと思うようになったのです。

それで2014年ごろ買ったオリンパスペンFTも、結局生活のために手放して
コンパクトカメラ中心の布陣に切り替えたのです。

途中でレンジファインダーのミノルタAを買ってみたり(低速ガバナー不調)
ことし4月に同じくコニカⅢ型を買ってみたり(レンズにクモリあり)
しましたが、あまり持ち出してやっていないのが実際。

京セラコンタックスTとローライ35、たまにオリンパスXA持ち出す程度。
ことしはXA4は出番ありませんでした。
現在唯一28㎜搭載のカメラなのに…38~40㎜の画角に慣れてしまったのも理由か。

OM買うまでは、L-10というプラスティックのレンズ一体型一眼レフや
忘れちゃいけないペンEE-3を学生のときからずっと使ってたりしましたっけ。
L-10は故障してとっくの昔にさよならして
EE-3はまだ作動するものの、OM-1とともに純喫茶・星港夜に飾ってもらっています。

行動範囲がかわり、街を離れてしまったので、また一眼レフがあってもいいかな。
理想はOM-3だけど、希少で高価なので4の安い個体を探そうか…






2020/12/19

2020年秋 仙台にて(CONTAX Tで撮影)

 


地下鉄荒井駅屋上から市内中心部を遠く望む。
平凡で特徴のない地方都市の風景に思える。
地下鉄東西線の東の終点。数キロ東へ行くとそこはもう被災した沿岸部。



宮城野区某所にて。












泉区の泉ヶ岳にて。




泉区にて。
思い入れと技術が釣り合っていない一例か。
誰でも通れる場所だけれど おしゃまにとっては特別な場所だったりする。







秋保地区にて。
ここも秋保大滝方面へ行くときにはふつうに通るけれど わざわざ車をとめて
写真撮るのはわたしぐらいだろうか。「釣り堀」の古典的表現。








夜に入っていくと 平凡な都市でも表情を変える。
無表情に、匿名の場所にすら見えてくるからふしぎだ。
実際どこで撮ったかじぶんでも覚えていなかったりする。


CONTAX T+KODAK COLORPLUS200 AE 2020年10月撮影

2020/12/07

カメラ並べてコーヒー

 ことしは 写真に熱くなれなかった一年でした。


友人に3度も撮影に誘ってもらったのに

しかも一度はモデル役まで演じて 
あげく2日後(!)に腰痛で整形外科に駆け込むほどの
没入ぶりだったにも、かかわらず。

じぶんの写真的な成果はとくになかったのが無念です。

4月に「掘り出し物」とレシートに書かれていた
1950年代製造のコニカⅡ型を買ってはみたものの
フィルム通したのは一回のみ。

5月連休ぐらいに、修理に出していた京セラコンタックスTの2号機が
修理をおえてかえってきて
夏場はつねに持ち歩いていたのです。

でも…感染症の流行で街に行かなくなり
車でもそんなに遠出するほど財布も重くなく
秋以降の大流行でいよいよなんだか
ほかのことでもやる気が薄れてしまいました。

そろそろ未現像の2本の成果をみてみたい。。。

もっと写真と、カメラとたわむれたいです。
年明けを待たずに動き出したいなと思うのです。


そんな思いで 今夜はこの子たち机の上に持ってきて
コーヒーいただいたのでした。




2020/10/18

なんとなく、そっと置くように

みなさま、だいぶ冷え込む日もでてきましたが
如何おすごしでしょうか。

最近ほそぼそとしか書けていないので
なんとなく気が引けるのですが、きょうは、作品のタイトルの話しです。

詩に限りません。
絵でも、散文でも、あらゆる創作物につける題についてです。

先日、ある写真中心の展示を見に行ったとき、
一枚の絵に、いわゆるレンズ付きフィルムが描かれていました。

作者の方がいらした時だったので、そこに添えられたタイトルについて
どういう意味なのか、推測をまじえて語ったのですが
答えは「なんとなく…特に意味はない」でした。

創作にたいするそういう姿勢、いってみれば
じぶんが一度作ったものから一定の距離を置く、
そういうスタンスもあるのだなと
かえりみちに反芻するように考えていました。

わたくしおしゃまは。一度個人詩誌で発表した詩については
数か月もすると「なにを書いたんだっけ」と思うこともじつはあるのですが
いつも詩のタイトルをつけるときには、悩みに悩みます。

ときどき、先にタイトルに使いたい言葉が浮かんで
それに向かって書いていくこともありますが
おおくは後回しにしてしまいがちです。

取って付けたようなものはいやですし、
苦し紛れに詩のなかの言葉をもってくるのにも抵抗がある。

そんな自意識と葛藤の末に題をつけて、あとは
読者のみなさまに委ねて、じぶんはさっと裏手に隠れてしまう。

そういう姿勢に後ろめたさを感じるので
上に記したような、あっさり、さばさばとしてこだわりのない在り方に
一種の爽やかさをおぼえるのです。


2020/10/13

アンデパンダン展2020 有難うございました

 みなさま、つつがなくおすごしでしょうか。

11日、第9回せんだい21アンデパンダン展2020が無事におわりました。

おしゃまの絵にかぎらず、足をはこんで見ていただいたみなさま、
まことに有難うございました。

結局中本誠司現代美術館、のりっぱ、そしてインスタでのみ公開となった
無観客会場であるスタジオ開墾の作品は、2回見ることがかないませんでした。
最終日になんとか見に行こうと思っていると、やはり急ななにかが起こるものですね。
あと個人的事情で、パフォーマンスも見られませんでした。

しかしながら、心惹かれた作品のかずかずは
脳裏にしっかり焼き付けたつもりです。

会場に長時間いられないご時勢であるにせよ
そうすることはけっしてむつかしいことではないと思うのです。

無観客会場の作品をみながら思ったことですが
事情でもしすべての会場が、観客を入れられないことになったとしたなら
残念だけれど中止にしてもいいのかも知れないなと…

そうはならなかったので、制約があるとはいえ
作品とじかに向き合うことができたのは幸いでした。

疫病時代にもかかわらず、こうした展示の機会をつくっていただいた
関係者のみなさまにも、篤く御礼申し上げます。

例年とは違ったご苦労があったことは想像に難くありません。
懸念されたトラブルも特になかったものと思われ、肩の荷がおりたのではないでしょうか。

出展者のみなさまの許にも、作品がかえってきていることでしょう。
おしゃまのところにも、ついさきほど猫が来て届けてくれました。

お疲れさまでした。


2020/10/03

2020年10月3日

きょうは午前中からでかけて、
中本誠司現代美術館のオープン時間前に着いて
この美術館の常連さんと思しきおばあさまと
すこしお話しをしていました。

バスで来たらしいのですが
92歳だというのですが 足どりもしっかりしていて
しかももちものもおしゃれに思えて
10歳以上は若くみえましたので意外でした。
いくつになっても なにか興味関心のあることをもつことが
きっとだいじなのでしょう。

ことしのアンデパンダン展では
各会場できれば2回はまわりたいと思っています。
そして お知り合い顔見知りの方の作品は
撮影させていただいておりますが
なるべく気に入った作品は 記憶に残すことを心がけています。
なので中本のあと ふたたび    SARPを見に行き
そのあと 秋保にある ツリーハウスのあるところに向かい
ご姉妹で制作をされているお二人の展示をみてきました。

美術館というものは 展示室に一歩足を踏み入れれば
外界とはちがった世界が広がるのがよいのですが
じつはそこに至る過程、ロケーションもだいじなのです。

多くは語りませんが そういう繊細な感情を理解しない人が
行政を動かしていると いろいろと困るわけです。
結局大きい金の勘定しか頭にないのに
文化的なことに首を突っ込むと(一家言あるわけではぜんぜんないのに)まあ
ろくなことがないのです。

宮城県だけの話だけではないので みなさまも芸能ニュースではなく
もっとだいじなニュースを深掘りしていただきたく。

ここいらではradikoプレミアムでしかきけませんが
TBSラジオでこのたび22時台から上がってきた
「荻上チキ Session」にいまおしゃまは注目していて
帰宅後にきくようにしております。

J-WAVE「JAM THE WORLD」も 同局ではもう長寿番組ですが
ニュースの深層を知るうえで重要です。

萎縮することなく報道を続けてほしいと。

自由な表現を続けていくために 知っておくべきことについて
アンテナを伸ばしておくこと、考えてみません?

2020/09/30

2020年9月30日

 きょうから、せんだい21アンデパンダン展2020がはじまりました。

こういった時期ですので、長時間の滞在は憚られるので、じっくりと鑑賞するには二度三度と足を運ぶ必要がでてくると思います。

わたくしもいままでは各会場を一回みておわりだったきらいなきにしもあらずでしたので、せっかく一週間以上あるのですから、なんどもみて回るようにしようと思っているところです。


で、さっそく夕方SARPに行ってきました。

おしゃまの出展作、遠目の写真は貼りましたが、ぜひともお近くの方は直にみていただきたいです。

今回も、出展者のみなさまの作品の多様さ、自由さに瞠目することと思われます。

自由さといえば、SARP Bで同時に開催中の「フフフ不自由展 アンポンタンズtoday2020」もぜひご覧になっていただきたいです。

ちなみに社会的政治的意味はまったくないそうですが…

コロナ蔓延時代は不自由だらけですが、おもう自由は大切にしたいですよね。しかし嘘をつく人や暴言の自由は認めたくないとおしゃまは考えます。

言葉の暴力きらいですから…なんでこんなあたりまえのこと言わなくてはならないんですか! 

いろいろありすぎた上半期のおわり、満月の夜はなにかと引き寄せられるものがあります。おしゃまふらふらです。早くねます。ではまた。





2020/09/10

せんだい21アンデパンダン展2020に出品します

もうすぐ日付がかわりますが、きょう22時ごろの仙台は一時、災害クラスのゲリラ豪雨が降りました。
防災速報アプリからもなんの通知もないまま、十数分は降っていたでしょうか。

そのころ、おしゃまは車でかえる途中で、一瞬にして道路が川のようになり、
よく「バケツをひっくり返したような」と言われますが、いったいいくつ
バケツひっくり返したのかというような雨でした。
漫画や子どもの絵で、しばしば線状で表現される雨ですが、
今夜のは、まるでオーロラを思わせる面的な絵に見えました。

各地で災害が多発する昨今、みなさまもお気をつけて。

さて、きょうはおしゃまの絵の展示の話しです。

ことしも9月30日からせんだい 21アンデパンダン展が開催されます。
おしゃまもエントリーしていたのですが、展示会場が、
仙台アーティストランプレイス、SARPに決まりまして、
サイトでも発表になりましたのでご案内申し上げます。

http://sendai21-independants.com/

こんな時節柄、いくつか守っていただきたいことがございますので
公式サイトをよくご覧になってくださいませ。

よろしくお願いいたします。

2020/08/18

「ぼく」は気恥ずかしい。わたしが「わたし」という理由

みなさま、お変わりありませんでしょうか。
まいにち暑いですね。ほんと東京2020がつ・ぶ・れ・て・良かった…
新型ウィルスにはあいかわらず困惑させられていますが。


きょうは小ネタだと思ってください。

じっさいに多くを語れるほど能弁じゃないですから。


おしゃまは、おしゃまを名乗っているにもかかわらず男子なのですが
もうずっと前から 一人称は「わたし」「わたくし」「あたし」等で
通してきました。

詩のなかでも、一人称の「ぼく」「僕」はもう使わない、使えなくなって久しいです。


とくに「ぼくたち」などはもう恥ずかしくってだめです。
「ぼくたち」のあとには、どういうわけか
「広告ダメダメ三匹!」がくっついてきて、思わずコーヒー噴きそうになります。


という理由よりかは、じぶんの詩のなかで「ぼく」と書くと
一種のヒロイズム、男性性の強調、女性を従属的な立場に置く、というマイナスイメージがついてまわります。

最近の若い人の詩ではどうか、不明ではありますが、いわゆる現代詩が熱く盛んでもっともよまれていたという時代の空気として、男性中心主義というのが主体だったせいもあると思います。

もっとも、「ぼく」と書く詩人さんすべてそうであるとは思っていません。

もっとフラットな「ぼく」の書き方もあるとは思います。
具体的な例を思いつかないのがもどかしいですけれど。

過去作においては、まだそこまで意識的でなかったせいで
使ってしまった例もあります。

ただ、個人的におしゃまにはもう使えない言葉ではあるのです。




2020/07/07

用紙のはなしと、詩手帖の清岡卓行特集のこと

みなさま、つつがなくおすごしでしょうか。
最近あまりいいことがない、おしゃまですが、なんとか生きてはいます。

百葉17号の配本が止まっていますが、それは一時的に用紙がなくなったからです。
以前は中心部の文具店で購入していましたが、行けなく(行かなく)なってしまい
ほかに売っているところを探していました。

富士ゼロックスの「C2」という、A4判のカラー・モノクロ兼用紙なのですが。
ひとまずあまぞんを見てみたら、500枚だけだと送料700円!

ホームセンターものぞいてみようと思ったものの、一軒だけ見てもなかったので
効率悪そうと思いやめました。

市内の文具店チェーン(地元企業ね)某o店では、売ってなかったのですが
平滑度のことを忘れて紙の厚み(坪量といい1㎡当たりのグラム数で表記)だけに気をとられ、違う会社の製品を買ってかえって、あっ、、、、、という次第。

a店では売っていましたので、なーんだ最初に行けば良かったかなと。



あと、6月のことになってしまいますが
現代詩手帖5月号を取り寄せました。
特集が「いまから読む清岡卓行」だったのです。

例によってすこしずつよんでおります。
奥様である岩坂恵子さんのインタヴューおよび、堀江敏幸さんとの往復書簡、
装幀のみならず、音楽でもただならぬ才能を発揮している。清岡さんの三男である秀哉氏の回想的な文章も掲載されています。
氏の文章をよむのはたぶん初めて。
音楽は、福間健二さんの映画「秋の理由」で美術とともに担当されていて、切れのある哀愁を漂わせるギターソロにふるえた記憶があります。

内容については、みなさまご自身でよんでいただくのが一番かと。
なんだよ教えてくれないのかとは言わないでほしい。
紙の出版物を守る意味でも。




2020/06/29

百葉17号 仙台で配布はじめています+ことしもエントリー

どうも。みなさまお変わりなくおすごしでしょうか。
おしゃまはもう5年ほど、風邪らしい風邪をひいたことがないのですが
(インフルになったのはひょっとしたらひと昔前かな?)
こんどの奴は一筋縄ではいかないようなので、用心しています。

おしゃまは先日、9月末から予定されているあれにエントリーしたのですけれども。
場合によっては中止あるいは無観客?になることも考えられるという
条件のもとで募集してるのですが、なにかわかります?

もうウォーミングアップをしているさなかであります。
このまえ仙台上空をぷかぷか、浮かんでいたという例の白いやつ、
あれがヒントになったんですが……
なんのことかは、いずれこのblogで言いますね。


さて。先だって編集中と書いておりました『百葉』17号ですが
もう先週火曜日から、市内各所に配本にまわっております。

置いていただいているお店などすべてに配置しましたら、またお知らせいたします。

いつも郵送させていただいている方々には、少々お待たせをしてしまいますが
近日中に発送予定ですので、よろしくどうぞ。

**

ところで、あさってからのコンビニなどでのレジ袋有料化、
どう思われますか?
なんか例の奴を口実にして、マイバッグ持参の客に冷たい仕打ちをするところが
多いですよね。
本心は、百均でまとめて買うよりはるかに高いレジ袋を、一枚でも多く買わせるために
やってるわけですよね。
あきれた業界だなあ。
サービスダウンと一枚3~5円取られるのと、秤にかけろというのよ。

削減効果はないと思いますよ。

***

ことしの東京ポエケット、急遽中止になってしまいました。
ほんとにやるのかとは思っていましたが……

もう東京では感染爆発はじまりかけていますが
お住いの友人知人のみなさま、ひきつづきつつがなくおすごしくださいませ。




2020/06/21

11年目の百葉17号編集開始しました

じつは、深夜も深夜、徹夜しそうな時間帯なのですが…

日付が変わったころに、今月推敲に推敲を重ねていた詩ができたのです。

これで公に未発表の詩が3篇になったので、『百葉』17号の編集を丑三つ時ぐらいからはじめてしまいました。

しかしながら、3篇では2ページ空いてしまう。
せめて1ページは埋めたい。
なにを書こうか思案しております。

日に推定30回以上は「眠い」「眠た」「眠っ」とぶつぶつ言ってるおしゃまですが
深夜というよりもう朝に近い(仙台だと6月中旬のいまは4時過ぎには日の出です)時刻、日中ほど眠いを連発してないのがふしぎですが…もうそろそろ横になりますか。


2020/06/16

途上のままで

きょう、某電子マネーの「会員様限定特典のご案内」なる郵便物が届いていたおしゃまです。
開けてみたら単にがん保険の勧誘(の入口として、一時金分の保険料のみ×年負担します旨)だったので、いろいろ複雑な気分になったのですが。
「×年以内に死ぬ予定はないよ」と申込用紙を丸めて、捨てました。

「ぼくは21世紀は生きたくない」と言って2000年を待たずにこの世におさらばしたのは、
詩人田村隆一でした。
もう没後20年以上経つのか…と思いつつ、たしか田村さん癌だったんじゃなかったかな?とwebで調べることもせず、わたし自身の記憶を遡るというチャレンジをみずからに課してみたわけですが(その割には数秒で思い出した…ことになるのかな?)
たしか1922年生まれじゃなかったか、そうすると生きてたら98歳か???とあまり意味のないことを考えてしまいました。

わたしもすっかりおっさん化してはいるのですが、
書いてることもふだんの行動も、あいかわらずです。
詩集はまだですか?とまれに訊かれますが、「わたしの詩は残らないでしょう」と経済的なことはとりあえず伏せて、それでもせいいっぱい真面目に答えるとこういう言葉になるのです。

ひとまず延命治療とかしなくていいよ…不幸にも死ぬ日がみえてきたら、
会いたい友人知人にはひとりでも多く会っておきたい。
そんなことも、この疫病時代元年の現状だとかなわないのでしょう。

あまり長生きしても生活苦だけが待っていると信じているので
ちょうどいい頃合いに…あと二十年以内に自然死が理想かな。
もっともじぶんでどうすることもできないですから、
過去ではなく「いま」が一番いい時だと、今後も思っていたいです。

あいかわらず脈絡のないはなしで恐縮ではあります。
わたしのような凡人に達成などありえず、なにもかも途上のままで
すこしでも進んでいきたいと思うのです。



まだ死ぬつもりなど毛頭ないおしゃまですが、きのうスーパーの駐車場でバックしてきた車に轢かれそうになったのです。
左右のミラーだけ見て真後ろを見てない、そういうドライバー近頃多すぎますが、
真後ろが見えないトラックドライバーは、あらかじめ駐車場所に人がいないことをじゅうぶん確認してから
左右のミラーおよび目視で車庫入れ等をするのであって、乗用車のすることではないと思います。
しかも子どもを車内に残して運転席から出て行ったのは若い母親。
これもやってはいけないことですよね。

おしゃまのなかの「自分では絶対にしたくないリスト」はどんどん厚くなっています。
運転中などに危ない目に遭わされたり、ヒヤリハットな場面があったときなどに反省の念を込めて、記憶に刻むようにしています。

みなさまも、どうぞご安全に、そしてお変わりありませんように。


2020/05/06

日が暮れて…

みなさま、つつがなくおすごしでしょうか。

もともと低体温のおしゃまはひとまず元気です。
夕方検温したら、35度前半でした。
耳があつい気がするのは、体温低すぎて
からだが抵抗しているのね。。。たぶん


いつぞやの肋間神経痛もおさまりました。


5月の連休もおわります。
わたしは屋内とはいえ現場仕事なので、あすからまた車で出勤です。
在宅だったら休みにしかならないわけで、笑

きょうの午後、イラレと格闘していましたが
おしゃま的zineである「おしゃま画報」の最新号、制作したものの
これは確実に没にしたい気分です。

テクストが(きょう書き上げた詩はともかく)
いまの時代の気分に負けていて、暗い、暗い。

ヴィジュアル的にもそうみえてしまう。
写真の不透明度を下げて重ねてみたら、そうなった。

pdf公開するにも、インクたくさん要りそうで申し訳ないなと。



なんかすこしでも気が晴れるようなものをと思ったんだけどな。
そういう才能はないんでしょう。


半日むだにしました。
食欲がありません。



2月か3月くらいから書いていた詩が、きょうできたのです。
「百葉」前の号つくってたのが半年前です。
疫病騒ぎで日々追われていたので、気づいてみたらそんなに。

少なくともふつうに喫茶店などがひらかないと、新しい号をつくっても
配布しづらいんじゃなかろうかと思います。
イヴェントなんかも軒並み中止だと思いますし。


**

写真とカメラのことでも、また変化がありました。
最近CONTAX Tが1台かえってきたのです、
写真載せておきます。

このblogにも1回紹介したことあるはずですが
なん年前だろう…
2017年だったかな。

修理不能に近い個体ということで、この1号機はそのままで
あとからジャンクで3,000えんだったほうを直してもらいました。

でも、1号機もふつうに使えます。
もともとだいぶくたびれて満身創痍な外観ですが
レンズもきれいだし動作はしているので。




西ドイツ設計の元祖高級コンパクトRollei35とも並べてみました。



横幅はほぼ同じ、高さはTのほうがあるけれど
連動距離計内蔵にしては小さいというべきでしょう。
レンズを引き出したら、フラップ部分別にすればだいたい同じか。
焦点距離も2㎜違うだけ。
裏蓋というよりカバーを引き抜いてフィルム詰めるところなんか
兄弟というか親戚というか。
Rolleiのほうもシンガポール工場製ながら
カールツァイス テッサーが付いています。Made by Rolleiではないのです。
(写りについては遜色ないとされています)

2号機はまたいずれお見せできればと思います。

***

みなさまも、どうぞお変わりありませんように。








2020/03/30

花の命は(詩としゃしんのはなし)

みなさま、お元気でいらっしゃるでしょうか。
ほんとうに、ほんとうにお元気でしょうか。

とおくにいる友人知人、わりと近くにいるつもりの友人たち、
そうでない人たちであっても、この災禍のなかで
生き抜いてもらいたいと、おしゃまは思っています。



きょうから、詩作ノートをあたらしいものに切り替えました。

2年ほど使って、あと数ページを残すところとなっていたものに
書きつけていた言葉が、次の行へとすすんでいかなくなって
それらの推敲は今後も続けますが、ただでさえ気のふさぐこのご時勢、
思い切ってぱしっと次の一冊へと移行させました。

いつも、あたらしいノートの最初のページには
扉詩のような言葉を書いているのです。
友人の白井さんにならって、そうするようになったのですが
そこから『百葉』に掲載した詩もあったりしました。
今後も、発表する詩のどこかに含まれたりすることでしょう。

ちなみに、おしゃまはA5かB6判のリングノートを
横にして縦罫にして、縦書きしています。

**

こんな昏い世のなかですが、いずれ(近いか遠いかは知らないけど)
死ぬのであれば、いまのうちにやりたいことを、
できればたのしいことをしておきたいと思って、
きょう、また中古カメラを一台買いました。

といっても、レンズに曇りがあるということで
数千円しかしない(ちゃんとしたものなら万券要るはず)、
レシートにも「掘り出し物」としか品名がないものでした。


昭和30年ごろのコニカⅡ型です。
いくつかバリエーションがあるようですが、おしゃまのところに来たのは
ヘキサノン50㎜f2.8の付いているものです。


距離計連動式、レンジファインダーのカメラですね。
お店で手にとらせてもらい説明をきいたのですが
おしゃまの知っている(あまり知らないけどね)どんなカメラとも違う
独特の操作系で…とくに鏡筒まわり。
まるでお作法を学んでいるような気分でした。

スローシャッターも調子が良くないとききましたが、
帰宅して裏蓋をあけ、シャッター速度を変えてテストしましたが
スローガバナーがまったく効いてないとかじゃなく、
この値段ならおしゃま的には充分いける気がしました。

ひとまず期限切れでないフィルムを詰めて試し撮りしてみます。
(2月に20本くらいも!ある方から期限切れを寄付していただきましたが
 それをこのカメラで使うのはまたいずれ…)
      それにしてもいまカメラ2台に撮りかけのフィルムが入っとります。
      だいぶカメラの断捨離をしたとはいえ、これでだいじょうぶかな?


ところでこのカメラ、アイレットというものがない。
ストラップの取付部、タブのような突起がない。
そのためカメラケーズが必須なのですが
この個体にはちゃんと附属しておりました。
ご丁寧に、革のストラップにはレンズフードのケーズも通してありましたが
縦位置撮影のとき、おしゃまの帽子に当たってじゃまなので外しました。


広角~広角寄りの焦点距離のカメラを多く使ってきたために、
ひさびさの50㎜レンズの画角に慣れるまで、ちと時間がかかるかもです。
だいたい両目からまっすぐ線を伸ばしていった先がフレームなのかなと思います。
人間の眼でみた印象に近いという「標準」レンズです。
ファインダーをのぞきながらあるいてかえってきて、そこは納得できました。





仙台では史上最速で桜が開花したものの、
文字通り花を見るだけで宴席なんかとんでもない状況ですが
それが本来の桜をめでる態度なんじゃないかなあとも思うのです…桜を見るかいなんてトンデモナイ


「花の命はみじかくて 苦しきことのみ多かりき」とは
林芙美子の放浪記の扉詩だったように記憶していますが
いつこの苦しい時期を乗り切れるのでしょうか…





2020/02/24

つらいこと

先週は、ひさびさにいろんな友人や知人に会いに行きました。

このところ、週末はひきこもって暮らしていましたから。

そのせいか、あるいはもともとのおしゃまの性分なのか、
なにか話したいことがあってもうまくしゃべれない、そんなもどかしさと
ひけめを感じることがしばしばでした。

ひとりでいるときに起きたことを闊達に話すことはあっても
他人と思いを共有できるような経験が希薄なのです。

そういう世界から隔絶されている、遠ざけられていると思うことしばしば。
じぶんが異質な存在であると感じ、疎外感に苛まれ、やるせなくなります。

みずから択んだ孤独はすきなのに、また友人と話すこともすきなのですが
未知の人や、よく知らない人とうちとけるのがとても不得手で。

仕事みたいな場で、わたくし的な感情抜きで話すことには支障はないのですが。

言葉をつむいで生きているつもりなのに、現実の言語とはひどく折り合いがわるい。

どうしたことでしょう。






さいきんは肋間神経痛にも悩まされている、おしゃまでした。





2020/02/08

夜更かしして

先日、また詩を一篇書きました。

11月下旬くらいから、またあーでもないこーでもないと
じぶんの心のうちを探るようにして言葉をつまみあげては
ノートに書きつけて…それはいつも通りなのです、が。

どういう帰結になるか、書き終える日までわからなかったのは事実です。
まあそれもいつもかな?

ざっくり申し上げて、こんどの詩のテーマは「不眠」でした。
でした、と過去形ないしはひとごとのように流しましたが、
これも最後の行が導かれるまで、じぶんで書いていながら
気づいていなかった。

四捨五入すれば50になんなんとする中年がなにを、と笑われそうな気もしますが
中二病的なモチーフも含まれているような気もする…

じっさいのところ、おしゃまはふだんは寝つきは良いのです。
とくに枕もとに詩のノートと万年筆を置いておくと
気もちが落ち着くのです。
たといなにも書けないとしても。

週末に夜更かししても、時間帯がずれるだけで
結局眠ってしまいますね。

ちなみにいま土曜日の25時。

そろそろねむりたい気分ですが…


2020/01/05

おしゃま動画はじめました

ことしから、零細ななかにも零細ながら、
YouTubeに動画をアップすることにしました。

おしゃま名義で、です。

不定期で、もしかしたら2020年はこの2本だけかも知れませんが。

いずれも純喫茶・星港夜にて撮ったものです。

どうぞご覧あれ。






おまけ。



さいきんFM802がお気に入りのおしゃまですが、
きのう番組で流れていて、琴線にふれる、というか
単純にウケました、笑

ヤマハ三菱トヨタスズキソニー…につづいて歌詞にでてくる日本企業はなんと!
「ミノルタ」なんですね。

カワサキサンヨーカシオ東芝…とほかはみんなバイク、自動車と家電メーカー。
ミノルタもいまや(コニカミノルタとして)カメラ事業はやめて久しいのですが
当時はエルンスト・ライツ社の提携先として
かの国では知られたブランドだったのでしょうか。

しかしこの時代になるとエルンスト・ライツもカールツァイスも
「ライカ」「ツァイス」と略称だけ鏡筒に刻まれるばかりですね。
なんか軽薄だなあと思ってしまうのですが。

搭載されるカメラもパナソニック(松下電器だったのは昭和か?)とソニーに。

しかしこの曲の軽快でナンセンスなノリはいいですね。
若い日本人の歌にFB,ツイッタ、LINEとか登場する時代に
こういうウイットはないですな。





2020年

また新年になりました。

昨年、だいじな旧友一人を亡くしたわたくしおしゃまは、
喪に服するつもりで、年賀状もつくらず餅も好物の塩数の子の塩抜きもせず
正月らしいことはとくになにもしませんでした。

昨12月に、百葉を置いていただいていた
コトリコーヒーさんが閉店となってしまい、
そんなこともあってのことですが
「新元号も年賀状も、なくていいんじゃないの?」と個人的には思っています。

手紙を書く習慣じたい、わたしじしんの生活から遠のいているのが
じっさいのところではありますが、
年賀状はそれとは違うでしょう。

また、元号をつかわないとなると
「2020東京なんとか」に巻き込まれかねないという
いやーな気持ちもするのですが、仕方ない。
皆さん!! 西暦どんどん使いましょう。

正直、平成はわたしの高校時代以降…まあ暗黒時代だったけどね高校…
酸いも甘いも、よろこびもかなしみすらも、大半がそのなかで起きたのですからね。

その平成がおわって感じたのは
「これからは老いていくばかりの時代になるんだろうな」という
さびしいけれども確実な予感でした。

***

**



詩は、あいかわらずほぞぼそと、
書きつづけております。

ことしもこれといったイヴェントはないと思いますが
百葉をこれからもよろしくおねがいいたします。


ブログ アーカイブ